水稲直播栽培は「攻めの農業」実現への切り札 お気に入りに追加
農研機構理事長インタビュー
お気に入りに追加

「攻めの農業」を実現する鉄コーティング直播#01

稲|

水稲直播栽培は「攻めの農業」実現への切り札

水稲直播栽培は「攻めの農業」実現への切り札

「攻めの農業」実現に向け、規模拡大に適した形を模索する日本農業。農研機構理事長 井邊時雄氏に、近年注目される水稲直播栽培について、稲作の省力化・低コスト化につながる技術としての展望と可能性を伺いました。
(この記事は、平成26年6月発行のクボタの営農情報誌『U(ユー)元氣農業 No.29』を元に構成しています)

 


 

「地域営農モデルの現地実証」で生産現場を強化

 私たち農研機構は、先導的・基盤的な研究開発による農と食のイノベーションを通じて、安全で安心な食を供給するなど社会の発展に貢献していくことが大きな使命です。この度、政府から「攻めの農業」の実現に向けた様々な施策が打ち出されましたが、それに対して私たちもしっかりと応えていくつもりです。中でも、施策の大きな柱である「生産現場の強化」、その実現のための研究開発として、土地利用型農業については、大規模経営での省力・低コスト生産体系の確立が大きな課題です。北海道から九州まで様々な形態の農業が行われていますが、私たちは、地域に適した効率的で生産性の高い「地域営農モデル」をつくり、現地で実証し技術として確立していくことが重要だと考えています。

規模拡大を可能にする水稲直播栽培に高まる関心

 私たちが現地を回って、今一番実感するのが、担い手がどんどん減ってきているということです。各地で大きな生産法人などができていますが、農家の高齢化や後継者不足によって耕作できなくなった農地を、地域の中核となるこれらの生産法人が請け負わざるを得ません。例えば100ha規模の生産法人が、来年は120haに一気に20haも増えるというケースもあります。これはもう全国でどこでも起こっていることです。規模拡大に適した農業の形を考えないといけない状況になっているのです。そこで今、関心が高まっているのが水稲の直播栽培です。
 水稲の直播栽培については、100%移植から直播に置き換えていくかというと、これまで移植という技術体系がしっかりと確立されているわけですから、移植は移植で引き続きしっかりとやっていく必要があると思います。ただ規模拡大などを考えると、例えば半分は移植で、半分を直播というように移植と直播を組み合わせることで作業の分散を図ることも必要です。

安定した技術として確立した鉄コーティング直播栽培技術

 水稲直播栽培技術には、乾田直播や湛水直播など様々な直播栽培技術がありますが、クボタが推奨している専用機や多目的田植機+直播機による鉄コーティング直播機械化栽培技術もひとつの有力な手法ではないかと思います。もともとは農研機構の近畿中国四国農業研究センターで開発された技術ですが、安定した技術として確立してきたということで、今、全国に普及が広まっているのだと思います。最初のうちは、鉄粉のコーティング後の酸化による発熱などで失敗する農家もあったと思いますが、その発熱をうまく抑える管理とか、発芽率を維持したコーティング種子を保存できるとか、この辺りの技術がしっかりと確立されてきたということだと思います。また、鳥害を受けにくいということも明らかになり評価が高まってきたということではないでしょうか。
 それと農家の方はやはり収量に敏感ですからね。例えば私たちは、コストが2割下がれば1割収量が低くてもいいんじゃないかと考えるんですが、農家の方は1割低ければ気にされます。そこは移植と同等でないと技術としてなかなか定着しないんです。普及が進んでいるということは、移植並みの収量を取れるほどに栽培技術や周辺の機械が整ってきたということだと思います。

ゲノム育種で効率的な品種改良を推進

 私たちも農家の方たちのそのような思いを受けて、多収な品種の開発に力を注いでいます。作物研究所が、多収で業務用に適した良食味米として開発した「あきだわら」という新品種は、食味をよくするコシヒカリ由来の「イクヒカリ」に、ひとつの穂に多くのもみ数をつけるアケノホシ由来の「ミレニシキ」をかけあわせて作られたものです。コシヒカリと比べると、多肥栽培では3割多収です。
 私たちはこのような新品種の開発のために、食味に関する遺伝子をDNAマーカーで、どんどん解析しているところです。このDNAマーカーを利用して育種すれば、おそらく直播に適した品種も、かなり効率的にできるのではないかと思います。
 私たちは、これをゲノム育種という言い方をしているんですが、今後、強化していきたいと考えて「作物ゲノム育種研究センター」を立ち上げています。農業上有用な形質は、多くは複数の遺伝子の効果の組み合わせによって決定されますが、その形質のDNA領域をQTL(※)と呼びます。これからの育種というのはこのQTLを選抜する、例えば多収のQTLと食味のQTLと耐病性のQTLをひとつにまとめていけば、多収で病気に強くて美味しい品種ができるわけです。

長期的な視点で国際競争力をつけることが不可欠

 水稲の直播栽培は、今後、面積がおそらく二次曲線的に伸びていくと思います。現在全国でおよそ2万haと言われていますが、おそらく近いうちに5万haとか10万haとかに拡大するんじゃないでしょうか。鉄コーティング直播栽培にしても、現在、各地で実施されている直播栽培技術の実証結果を見れば、これはぜひ導入したいという話になると思います。
 私は、研究者にはいつも言ってるんですが、日本の農業は本当に待ったなしの状態です。今、農業は過渡期に来ています。長期的に見て国際競争力を付けていかなければなりません。そういう意味でも、規模拡大、低コスト化が可能な直播栽培技術の普及拡大に貢献できるような研究開発が求められているものと考えています。私たち農研機構は、このような使命を果たすべく、今後も「攻めの農業」の実現に向けて取り組んでまいります。

この記事をシェア