近年、日本農業の体質強化のため、コメの生産コストの低減による稲作経営の安定化が課題となっています。低コスト稲作を実現するために今何が必要なのか、我が国で最も歴史ある全国的な農業関係団体で、農業と農村の振興と発展に寄与している公益社団法人大日本農会の染英昭会長にお話をお伺いしました。
(この記事は、平成28年11月発行のクボタの営農情報誌『U(ユー)元氣農業 No.34』を元に構成しています)
農業の現場で活躍する先進的農業者の声を発信
大日本農会は、明治14年に設立され、今年で135年の歴史を持つ日本で最初の農業関係団体です。明治の篤農家(先進的農業者)たち自ら知恵と経験を出し合い、新しい農業の確立を目指した全国的な集会(農談会)から発展したものです。その設立の経緯から「農業農村の振興、発展に寄与すること」を目的としています。現在は、総裁である秋篠宮文仁親王殿下の御名による農事功績者の表彰事業や各種の調査研究を実施しています。
現場の篤農家の知恵や経験を出し合うという集まりからスタートしているという歴史を踏まえ、農業の現場で活躍している農事功績者表彰や先進的農業者の経験、農業経営の現状や発展過程、現場での創意や工夫、地域との関係、農政への要望などを、生の声でリアルに語っていただき、学識経験者と意見交換をしていただく座談会・懇談会を開催、情報発信することに重点を置いています。
また、調査研究事業としては、農業や農村の現状や将来のあり方などの中からテーマを設定し、学識経験者に集まっていただき、研究会を開催しています。
大きく変動する日本農業
21世紀に入って、我が国の農業は大きな変動期に入っています。2015年農業センサスが取りまとめられつつありますが、我が国の家族経営と組織経営を合わせた農業経営体数は、2005年から2015年の10年間で、約3割減少し、138万経営体となっています。特に5ha未満の規模の経営体が大幅に減少し、10ha以上の規模の経営が耕作する経営耕地面積の割合は48%と大幅に増加しています。水田農業経営では、30ha以上耕作する経営は全国で5000を超えており、それらが我が国の水田農業の重要な担い手となりつつあります。
この動向が継続し、農地集積バンクなどの政府の支援もあれば、「日本再興戦略」(H25・6閣議決定)や「農林水産業・地域の活力創造プラン」における「今後10年間で、担い手の農地利用が全農地面積の8割を占める農業構造の確立」の目標も視野に入るものと考えられます。
低コスト稲作を実現するために解決すべき課題
このような中で、稲作経営については、消費者や実需者のニーズに即した品質、価格での米生産とともに、稲作のコスト低減や省力化を進めることが、農業所得を確保することになるのみならず、一層の規模拡大や他品目の導入、6次産業化の展開など、農業経営の高度化を進める上でも重要です。具体的には、
①作期の異なる多種類の品種を組み合わせ導入し、春と秋の作業ピークを分散させ、作業期間を確保する。また、限られた労力と機械で面積をこなす
②水稲直播などの省力的な栽培技術の導入 A:直播=育苗や移植作業など春作業の省力化、収穫期の分散などと併せ、乾燥調製作業の効率化やコスト縮減に効果、育苗施設の負担軽減 B:育苗苗数を削減でき、移植作業の効率化に対応できる疎植栽培の導入 C:移植と同時に施肥できる側条施肥、追肥作業が省力可能な肥効調節型肥料の全量基肥施用、育苗箱施肥
③規模拡大、品目の組合せ、農業機械の汎用利用に努め、農業機械1台当たり稼働面積の増加を図り、面積当たりの農機具費を低減
④外食、中食など業務用米向けの需要が拡大しているのに対応し、良食味、多収品種、加工原料用の多収品種の導入。また収量増、販路拡大につながる品種の導入
⑤作業計画の策定、周年労働化、作業分担の明確化など生産体制全体を改善、合理化
などです。コストに占める割合が高いのは、労働力、農機具費等です。これらの低減のため、周年労働が可能となる品目の組合せ、6次産業化への取組み等が重要です。
農業機械+ICTでイノベーションを
分散錯圃の下での規模拡大、省力化、ニーズに即した品質、価格の米の生産を展開するには、圃場データや作業管理データをきちんと把握し、情報を一元管理して、それを活用した経営計画や経営管理が一層重要になります。このため、多くの大規模経営者は、ICT(※1)に期待しています。
また、雇用者や若い人材の育成のために、篤農家の技術を「見える化」し、技術マニュアル化と高位平準化を図ることが必要です。今後、日本全体の労働力人口が減少していく中、農業も例外ではなく労働力の確保は大きな問題になっていきます。それを克服するため、生産性向上を図るには、ICTやロボット技術の活用が不可欠になっていくだろうと考えています。
農業機械は、農業の生産性向上に極めて重要な役割を果たしてきたことは、皆の共通認識だと思います。今後、稲作の規模拡大なり、農業労働力の減少に対応して、農業機械を中心とした新技術の開発、体系化など、益々重要になっていくだろうと考えています。
一方で、農業者自身も市場経済の中で、大変な競争にさらされているわけで、考える農業者というのが増えてきているというのが実態です。今後の現場での農業の技術開発の主体というのは、農業者を中心としながら、農業機械メーカーも協力し合うことも重要です。農業者の主体性を生かした形での新技術開発、あるいは現場への適応、実証が必要ではないかと思います。
かつて田植機や収穫機などで、まさに農業にイノベーションを起こした農業機械が中心となった時代があるわけですから、今後は農業機械にICT、IoT(※2)などを加えて、農業の再びのイノベーションを期待しています。
※1 ICT: 情報通信技術
※2 IoT:身の周りのあらゆるモノがインターネットにつながる仕組み