世代交代や農政の転換など、大きく変わり始めている日本の農業。課題はありながらも、たくさんの可能性を秘めた農業を、もっと夢のある、もっと元気な産業にしていくために――
独自の視点で生産者と消費者をつなぐ株式会社エムスクエア・ラボ代表取締役の加藤氏と株式会社クボタの北尾農業機械総合事業部長による、農業の未来についての対談。農業の課題解決に向けたそれぞれの取組、そして、農業の未来に向けた想いをご紹介します。
(この記事は、2016年9月発行のクボタふれあいクラブ情報誌「ふれあい」34号を元に構成しています。記事に記載の内容は取材当時のものです。クボタふれあいクラブについては、お近くのクボタのお店までお問い合わせください。)
加藤氏(以下、加藤)
さまざまな課題はありますが、私は日本の農業に明るい未来を見続けたい、と思って活動しています。クボタさんは農業の現状をどうお考えでしょうか。
北尾事業部長( 以下、北尾)
今、大きな課題だと感じているのは高齢化と農家戸数の減少です。農業の形態が変わっていくのではないでしょうか。これまでは兼業農家さんが中心でしたが、農地が集約され、大規模に取り組む担い手さんが増え、省力化や生産性の向上などが求められるでしょう。競争力もついて農業が本格的に産業としてみなされる時代が来ると思います。一方で、小規模ながらこだわりの生産をされる方も増えるでしょう。
こうした二つの方向性に、クボタとしてしっかりと対応していきたいと思っています。
加藤
今の農家戸数の減少率は、そのまま続けば20年後には農家が0になる、そんな恐ろしい数字です。農業は国力の基礎なので、もう一度魅力ある産業に立て直す必要があります。
それに農業の人手不足は、農産物の使い手にとっても大変な問題なんです。例えば大手の惣菜会社さんから、レタス、キャベツが安定してうまく入らない。そんな相談をよく受けます。
北尾
使い手の方も困っていらっしゃるのですか。
加藤
農業が「見えないこと」にも原因があって、いつ、どこで誰が何をどう作っているのか、外側からはわからない。そうなるとレストランや小売店などは、差別化したい、いい素材がほしい、と思っていてもなかなか入手できずに「仕方ないな」と諦めてしまうのです。逆に、農家の方は売り先がないと悩んでいます。作り手と使い手の思いがつながっていない。
北尾
なるほど。
加藤
そのお互いの思いをつなぐことができれば課題が新たなチャンスに変わるんですね。例えばレストランも今、人手不足で料理する人が少ないという悩みがあるんです。素材がいいと簡単な調理で済むし、おいしいですからお客さまが増え、リピート客も増えてと、お店にとってありがたいわけです。少し高く野菜を仕入れたとしても、人件費より安いですから利益も出ます。当然、入荷量を増やしますから、生産者の利益も増えることになります。
農業の課題は、農産物を使う側の課題でもある。
農業のために何ができるのか。全体を見つめ、できることから始めていく。
北尾
そうした作り手と使い手の間にある課題を解決するための事業が加藤さんが取り組んでいらっしゃる「ベジプロバイダー」ということですね。
加藤
安心安全な野菜づくりにこだわる生産者さんといい食材を求める使い手さんをつなぐ、顔の見える流通の一つの方法です。
持続可能性をテーマに、作る人、使う人、食べる人をチームにして、ビジネス的な取引ではなく、仲間同士の「やり取り」形式を基本にしています。これまでは生産者が思いを込め、こだわって作物を作ったとしても、大規模な流通に紛れてしまい、全く評価されていませんでした。そこを小ロットですが、私たちが作り手の気持ちや情報を載せて付加価値をつけてお届けしています。使い手も安定しておいしい食材が手に入るので、農業を中心に互いに利益を上げて成長する、いい循環ができています。
もう一つの特長は、受注型ということです。使い手からのニーズを農家さんにお伝えし、その作物を作っていただいています。例えば日本では珍しく輸入するしかなかった作物を顔の見える方が栽培してくれる。付加価値もつきますし、作り手・使い手双方いい関係になります。このような使い手のニーズは本当にたくさんあります。クボタさんも農産物の流通販売に取り組まれているそうですね。
北尾
クボタでは今、農家の方がお困りのことを多角的に解決したいと考えて「農業のトータルソリューション提供企業」を目指しています。機械の提供はもちろん、営農支援や生産性向上の提案、そして収穫後の出口戦略まで見つめています。今取り組んでいるのはお米の輸出です。香港やシンガポール向けで、まだ数千トン規模ですが、手応えはつかんでいます。機械の自動化や鉄コーティング直播という技術などで効率化しコストを大幅に下げることで、輸出量はさらに増やせると思います。
また関東甲信クボタが直売所「おれん家ふぁ〜む」を始めたり、中九州クボタが周辺農家のお米を集荷して玄米ペーストパンを作って販売したりするなど、農業を成長産業にするために出口のところからお手伝いできればと思い、さまざまな取り組みを始めています。トータルソリューションを実現するために「クボタファーム」構想というものがありまして、最新の農業機械や技術の研究と実証実験、販路拡大などに取り組んでいます。
加藤
それは現実的で素晴らしい構想ですね。
熟練の技を自動化する。ノウハウを見える化する。技術にできることで支援する。
加藤
私は学生時代に農業機械の研究をしていましたので、農業の機械化には長年、強い関心を持っていました。
クボタさんでは、これから農業機械はどういう方向に進んでいくとお考えでしょうか。
北尾
人手不足解消のためにロボットを含めた自動化を進めています。第一弾としてGPSを利用し、始点と終点をセットするだけで誰もがまっすぐに田植えができる田植え機をこの秋発売します。熟練の必要だった作業を誰もができるよう技術でサポートしていきたいですね。
また、2台のトラクタを同じ田んぼに入れて、1台に運転者が搭乗し、もう1台を完全自動化して追従させ、2台で効率よく速く田んぼを耕す機械を研究中です。時間の半減ですね。さらに無人化することで、もちろん監視はしますが、耕うんしなが
ら別の作業ができる、そういうシステムも研究しています。熟練した作業者が少なくなる中、現場の問題を技術で解決していこうと取り組んでいます。
加藤
いよいよですね。自動走行は学生時代の研究の一つでしたので非常に楽しみです。ドローンはいかがでしょうか。
北尾
農業の大規模化・省力化には欠かせないと考え、開発を進めています。来年にも、防除作業に使用できるクボタブランドのドローンを発売する予定で、さらに施肥など、多用途で活用できるよう研究を進めていきます。
また、若い農家さんがお困りのことにベテランからのノウハウの伝承不足があります。そこをICT技術を活用し解決できるようにしたのがKSAS(クボタスマートアグリシステム)です。例えばコンバインでしたら、収穫したお米の水分や収量、タンパク量などを計測してどこでどんなお米がどれだけ穫れたかを集計して、それを次の年の施肥計画に役立てる。田んぼのどの場所でどんなお米が穫れたかがわかり、細かな施肥計画を立てることで、よりおいしいお米を効率的に収穫できるサポートをします。熟練者のノウハウを見える化し、若手の方を支援していければと考えています。
加藤
ノウハウの見える化は今後の農業に欠かせません。
北尾
他にも、大規模にされている方は、小さな田んぼを何百枚とお持ちです。それらを農家の方のパソコンで管理できるのもKSASの特長です。どこで誰がどんな作業をしたかという日誌やその田んぼの作業の指示など全体を細かく、効率的に管理できます。
加藤
精密農業ですね。
北尾
加藤さんは「日本農業ロボット協会」の会長をされていますよね。どのような活動をされているのですか。
加藤
信州大学の工学部の先生が、ほうれん草を生食できるように収穫するロボットをつくられていました。収穫効率はパートさんの30倍!すごいですよね。それを応用すると、青梗菜や水菜などは全部OKで、今、レタスやキャベツ収穫への転換を試みているところです。また、これまでの常識を覆すような新たな理論の草刈りロボットも研究しています。刈らずに雑草の管理をするというものです。
北尾
それは新発想ですね。野菜関連の機械化は一番遅れている分野ですし、雑草対策は昔からの課題。収穫も雑草対策も重作業ですから、どちらも何とかしていきたい分野です。
農業には可能性がいっぱい。もっと元気に、夢のあるカッコいい農業を実現したい。
加藤
私は農業にいろんな可能性を感じています。例えば、農業と教育をくっつけた課外授業をしています。中学生に作物の育成から加工、販売まで農業ビジネスの流れを実体験させ、企業家マインドを育てる試みで、農業がぴったりなんです。また、ベジプロバイダーでは使い手のシェフが産地を訪れ、農家の方とお話しすると、新メニューが浮かぶといっています。すべて農業の力だと思います。
北尾
よく会社をリタイヤしたら家庭菜園や農業をしている、という話を聞きます。人間って、そこが原点だなぁ、と感じます。
子供の時に農業を通して人生を見つめるのはいいことです。我々も小規模ですが、eプロジェクトという取り組みの一環で、小学生の稲作体験や高校生の農業機械の実習など農業を通じた学習を提供しています。
加藤
最近、若い世代の中から栽培法にこだわった高付加価値農業をがんばっていこう、とか、大型化してビジネスとして稼いでいこう、という元気な人がどんどん出てきています。新規就農者も増えています。嬉しいことです。こうした中でクボタさんはどのように農業を盛り立てていこうとお考えでしょうか。
北尾
クボタ自身が農家の方に何十年と支えていただいてきました。今、農業にはさまざまな課題はありますが、逆にその分伸びしろが大きいと思っています。我々ができること、恩返しできることを精一杯して、農業を盛り立てていくことが使命です。農業のトータルソリューション提供企業になって、農業を成長産業に、若者が夢を持てる産業にしていきたいですね。
加藤
それは当社も同じです。できるサイズは違いますが、多少なりとも流通をしていますので、流通を通じて農家さんの手元に売り上げがちゃんと残るような農業になって、若い人たちにいっぱい入ってきてもらい、カッコいいトラクタに乗り、カッコいい作業服を着て、生き生きしている、そんなカッコいい農業を、垣根を超えてみんなで実現していきたいですね。
対談を終えて
日本農業に大きな変化の時が訪れている今、農業がもっと元気に、もっと夢のある産業になっていくために企業は何ができるのか―― エムスクエア・ラボさんの進めるベジプロバイダー事業も、クボタが農業のトータルソリューション提供企業を目指す取り組みも、そんな共通の思いがありました。
農家の皆さまと手を携えて、日本の農業を持続可能でカッコいい産業にしていきたい。
そんなお二人のこれからの挑戦に注目です。